「『日本三國』って、いつの時代の話なの?」
「令和の日本がどうして“大和・武凰・聖夷”の三国に分かれたの?」
「大和暦って何? 文明崩壊から現在まで何年経っている?」
『日本三國』を読み始めると、ストーリー以上に気になってくるのがこの世界の時間軸です。
一見すると、明治・戦国・三国志を混ぜ合わせたような世界に見えます。
しかし、時系列を一本につないでみると、この作品が描いているのは単なる「日本版三国志」ではありません。
むしろ私は、「一度文明が滅びた日本が、どのようにして再び国家を作ったのか」という歴史そのものが、『日本三國』の裏側にある本当の物語なのではないかと思っています。
公式サイトでも、『日本三國』は「核大戦、天災、悪政などから革命が起こり、文明が崩壊した近未来の日本」を舞台に、三つの国が覇権を争う物語だと紹介されています。
この記事では、『日本三國』の世界観・文明崩壊・三国成立・大和暦・物語開始までを時系列で整理します。
さらに後半では、なぜ「文明崩壊から三国時代成立まで」の歴史だけが、これほど断片的なのか?という疑問から、私なりの仮説も考えてみます。
なお、この記事では登場人物の詳しいプロフィールや三国それぞれの勢力比較には踏み込みません。
「人物」ではなく「時間軸」と「世界の歴史」を知りたい人向けの記事としてまとめています。
作品の基本的なあらすじを詳しく知りたい方は、こちらの記事も参考にしてください。

- 『日本三國』の時系列を最初に整理すると?
- 令和末期――すでに日本は衰退していた
- 国家崩壊――日本は「文明」を失う
- なぜ「明治初期レベル」まで文明が後退したのか?
- 文明崩壊後――軍閥が割拠する「戦国時代」へ
- そして日本は三つの国へ――大和・武凰・聖夷
- 大和暦の始まり――「新しい日本」の時間が動き出す
- 大和暦5年――平殿器が生まれる
- 大和暦8年――龍門光英が生まれる
- 大和暦27年――賀来泰明が生まれる
- 大和暦33年――藤3世が生まれる
- 大和暦39年――阿佐馬芳経が生まれる
- 大和暦40年――東町小紀が生まれる
- 大和暦41年――三角青輝が生まれる
- 大和暦56年――『日本三國』の物語が始まる
- 『日本三國』の時系列を年表で整理
- 最大の謎――「空白の一世紀」はなぜ描かれない?
- 私の仮説①「空白の一世紀」は、本当に空白なのか?
- 私の仮説②――しかし「記録の消失」だけでは説明できない?
- 私の仮説③――「大和暦」は歴史を書き換えるための装置だった?
- さらに怖い仮説――青輝が「歴史」そのものを変える可能性
- ネットで囁かれる「崩壊原因」の考察はどう見るべき?
- 私が一番気になっているのは「文明」ではなく「記憶」
- 『日本三國』を時系列で読むと、三角青輝の目的が変わって見える
- 原作最新巻まで読むと「歴史」はさらに動き出している
- まとめ 『日本三國』の時系列で一番重要なのは「空白」だった
『日本三國』の時系列を最初に整理すると?
まず、結論から整理しましょう。
『日本三國』の世界は、大きく次の流れで変化しています。
令和末期の日本
↓
核大戦・天災・悪政などによる国家崩壊
↓
人口激減・文明崩壊
↓
軍閥が割拠する戦国時代
↓
日本が三つの勢力に分裂
↓
大和・武凰・聖夷による三国時代
↓
大和暦の時代
↓
大和暦56年、三角青輝の物語が始まる
この大枠は、公式サイトや小学館による作品紹介でも確認できます。小学館は作品を「文明崩壊後の近未来、再び戦国時代と化した日本を再統一する」物語として紹介しています。
ここで重要なのは、三角青輝が生きているのは、文明崩壊直後ではないということです。
青輝たちは、文明が滅びた時代を知らない世代です。
だからこそ、彼らにとって「三国時代」は異常な状態ではありません。
それが普通の世界なのです。
この感覚のズレが、『日本三國』の面白さを理解するうえでかなり重要だと思います。
令和末期――すでに日本は衰退していた
『日本三國』の歴史は、三角青輝が生まれるよりずっと前から始まっています。
舞台となる日本は、令和末期の時点ですでに衰退の問題を抱えていました。
そしてそこへ、
- 核大戦
- 天災
- 政治的混乱
- 悪政
- 社会不安
などが重なっていきます。
ここは注意したいところです。
ネット上の記事では、感染症や地震などについて、現実の出来事と結びつけながら細かな説明がされています。
しかし、確認できる公式作品紹介では、そこまで細分化された原因ではなく、「核大戦、天災、悪政など」という形で説明されています。
したがって、本記事では「公式に確認できる設定」と「考察」を分けて扱います。
国家崩壊――日本は「文明」を失う
そして日本では革命が起こります。
国家そのものが崩壊し、社会を支えていたシステムも失われていく。
ここから『日本三國』の世界は、私たちが知っている日本とは完全に別物になります。
文明は後退。
インフラも失われ、社会の仕組みも崩壊。
そして人口も大幅に減少します。
マンガペディアなどの作品解説では、人口がわずか数年で10分の1以下になり、文化・インフラ・テクノロジーが失われ、文明が明治初期レベルまで後退したと整理されています。
ここで私は、かなり重要なポイントがあると思っています。
『日本三國』で描かれているのは、「未来の日本に昔の生活様式が戻った」だけではありません。
もっと恐ろしいのは、「文明が存在していたこと自体が、次の世代にとって過去の話になった」ことです。
なぜ「明治初期レベル」まで文明が後退したのか?
『日本三國』の世界を見ると、
- 馬による移動
- 武器としての刀
- 城郭
- 軍隊
- 手書きの地図
- 限られた通信手段
- 地域単位の行政
など、現代日本とは大きく異なる社会が成立しています。
しかし、ここで面白いのは、完全に「昔の日本」へ戻ったわけではないということです。
人々は旧文明の知識を一部知っています。
特に三角青輝は、旧文明について非常に豊富な知識を持っています。
公式プロフィールでも、青輝は「理屈屋」であり、「旧文明の知識に長けている」とされています。
つまり、この世界には、「文明は失われたが、文明についての記憶は完全には消えていない」という非常に面白い状態があります。
私はここが『日本三國』の世界観で一番好きです。
文明を一度失った人間たちは、過去を完全に知らないわけではない。
しかし、過去の文明をそのまま復活させることもできない。
だからこそ、「知識を持つ者」が異常なほど強い社会になっています。
そして、その象徴が三角青輝なのではないでしょうか。
文明崩壊後――軍閥が割拠する「戦国時代」へ
中央政府が機能しなくなれば、当然ながら日本全体を統治する力も失われます。
その結果、日本各地では軍事力を持った勢力が台頭。
いわゆる、群雄割拠の時代へ突入します。
小学館による公式作品紹介でも、文明崩壊後の日本は「再び戦国時代と化した」と説明されています。
ここで重要なのは、最初から三国だったわけではないということです。
これ、タイトルだけを見ると意外と見落としやすい部分です。
『日本三國』というタイトルなので、「日本が最初から三つの国に分裂した」と思ってしまいそうになります。
実際には、
文明崩壊
↓
国家機能喪失
↓
各地の勢力争い
↓
軍閥割拠
↓
勢力再編
↓
三国時代
という長い過程があります。
つまり三国鼎立は「崩壊の結果」ではなく、崩壊後の長い混乱を経て生まれた結果なのです。
そして日本は三つの国へ――大和・武凰・聖夷
混乱の時代を経て、日本には三つの大きな勢力が成立します。
それが、
- 大和
- 武凰
- 聖夷
です。
ここから、いわゆる『日本三國』の「三国時代」が始まります。
公式サイトも「国は三つに分かれ、覇権を争う三国時代に突入した」と説明しています。
ただし、ここで私が面白いと思うのは、三国が「日本を三等分した」わけではないことです。
それぞれが異なる政治・軍事・社会のあり方を持っている。
つまり、この作品における三国分裂は、「地図を三つに切った」という話ではありません。
むしろ、「日本という一つの国家を維持する方法について、三つの答えが生まれた」と考えたほうが面白いと思っています。
この視点で見ると、「日本再統一」を掲げる青輝の目標も変わって見えてきます。
彼が統一しようとしているのは、単なる土地ではない。
異なる価値観を持つ三つの国家を、もう一度一つの日本にまとめようとしている
からです。
大和暦の始まり――「新しい日本」の時間が動き出す
三国時代の日本では、「大和暦」という時間軸が使われています。
ここが個人的にはかなり気になるところです。
なぜなら、暦は単なるカレンダーではないからです。
歴史を振り返っても、王朝が変わったり国家体制が変わったりすると、暦や年号が変更されることがあります。
つまり、「大和暦」という名前そのものが、大和という国家の成立を象徴している可能性があると私は考えています。
ただし、「大和暦がいつ始まったのか」について、現在確認できる公式資料だけから、崩壊直後から正確に何年目に制定されたのかまで断定するのは難しい。
ここは「○年に制定された」と断言するより、物語世界では大和暦という新しい時間軸が成立していると押さえておくほうがよいと考えます。
大和暦5年――平殿器が生まれる
ここから、作中の人物たちの誕生年を並べると、世界の時間軸がかなり見えてきます。
公式サイトによると、平殿器は、大和暦5年生まれ。
出身地は大阪都です。
現在は大和の内務卿として国政を握る人物で、先帝を毒殺し、国政を牛耳っていると紹介されています。
つまり平殿器は、文明崩壊を直接経験した人物ではありません。
彼もまた、「崩壊後に生まれた日本人」なのです。
これ、ものすごく重要ではないでしょうか。
平殿器は「文明を壊した人物」ではありません。
むしろ、文明が壊れたあとに作られた社会の中で権力を獲得した人物です。
だから私は、平殿器を単純な「昔の日本を滅ぼした悪人」として読むより、崩壊後の新しい社会が生み出した権力者として見るほうが面白いと思っています。
大和暦8年――龍門光英が生まれる
大和暦8年には、後に青輝の人生を大きく変える人物が生まれています。
龍門光英です。
公式サイトでは大和暦8年、兵庫郡生まれ。
大和の辺境将軍であり、高潔で文武に秀でた人物とされています。
平殿器が大和暦5年。
龍門が大和暦8年。
この時点で、すでに二人の間には3年の年齢差があります。
もちろん、これだけで何かを断定することはできません。
しかし、この作品では「生まれた時代」が人物の思想形成にかなり影響しているように見えます。
大和暦27年――賀来泰明が生まれる
大和暦27年には賀来泰明が生まれています。
公式プロフィールでは、大和の辺境将軍隊軍師。
常に先を読み、抜け目のない策略家とされています。
ここで面白いのが、大和という国家が成立してから時間が経つほど、「軍師」という存在が重要になっているように見えることです。
文明崩壊直後なら、まず必要なのは生存能力でしょう。
しかし国家が成立すると、
- 税制
- 行政
- 軍事
- 外交
- 情報
- 戦略
が必要になる。
つまり、文明崩壊後の社会は、時間が経つほど「力だけ」では国を維持できなくなる。
ここに「軍師」という職能が生まれる余地があります。
そして、その究極形ともいえる人物が三角青輝なのだと思います。
大和暦33年――藤3世が生まれる
大和暦33年生まれなのが藤3世です。
公式サイトでは大和帝であり、「帝とは名ばかりの殿器の傀儡に近しい存在」と紹介されています。
ここまで年表を並べると、かなり不気味なことに気づきます。
大和暦5年生まれの平殿器。
大和暦33年生まれの藤3世。
そして、物語開始時点では平殿器が国家の実権を握っている。
つまり大和という国では、「帝がいること」と「帝が国家を動かしていること」が一致していない。
これは『日本三國』の政治構造を理解するうえで、かなり重要なポイントです。
大和暦39年――阿佐馬芳経が生まれる
大和暦39年生まれが阿佐馬芳経。
公式サイトでは名家・阿佐馬家の宗家の嫡子で、武術に優れた自信家とされています。
ここで年齢だけを見ると、平殿器と阿佐馬には34年の差があります。
龍門と阿佐馬でも31年。
つまり青輝たちの世代と、国家の中枢を握ってきた世代では、かなり大きな世代差があります。
私はここにも作品の面白さがあると思っています。
日本三國は「世代間の物語」でもある。
文明崩壊後の国家を作った世代。
その国家を維持した世代。
そして、その国家を疑い始めた世代。
青輝たちは、おそらく最後の世代です。
大和暦40年――東町小紀が生まれる
大和暦40年。
愛媛郡に東町小紀が生まれます。
公式サイトでは、青輝の妻であり、曲がったことが嫌いな負けん気の強い女性と紹介されています。
そして翌年――。
大和暦41年――三角青輝が生まれる
大和暦41年。
愛媛郡に三角青輝が生まれます。
公式サイトでは、
- 愛媛郡出身
- 旧文明の知識に長けている
- 妻との誓いを果たすため日本再統一を志す
人物として紹介されています。
ここで年表を一度止めてみましょう。
平殿器――大和暦5年。
龍門光英――大和暦8年。
賀来泰明――大和暦27年。
藤3世――大和暦33年。
阿佐馬芳経――大和暦39年。
東町小紀――大和暦40年。
三角青輝――大和暦41年。
この並びを見ると、青輝はまさに、大和という国家がある程度形になった後の世代だと分かります。
彼にとって「日本が三つに分かれていること」は異常ではない。
だからこそ、「なぜ三国なのか?」という疑問を持つこと自体が重要になるのです。
大和暦56年――『日本三國』の物語が始まる
そして大和暦56年。
ここで、いよいよ物語が始まります。
三角青輝は15歳。
東町小紀は16歳。
二人は夫婦となります。
しかし、小紀の死をきっかけに青輝の人生は大きく変わります。
小学館の公式紹介でも、青輝が「日本再統一」を目指す物語として紹介されています。
そして、ここから青輝は「国を変える側」へ進んでいく。
私はこの構造がものすごく好きです。
なぜなら、日本を再統一するという大きすぎる目的が、最初から青輝の中にあったわけではないからです。
一人の少年が生きている世界。
その世界の中で起きた一つの出来事。
それが、「この国そのものを変えなければならない」という思想につながっていく。
個人の人生と国家の歴史が、ここで初めて一本につながります。
『日本三國』の時系列を年表で整理
ここまでを簡潔に整理すると、次のようになります。
| 時代・年 | 出来事 |
| 令和末期 | 核大戦・天災・悪政などにより日本が危機的状況へ |
| その後 | 革命が発生し、国家が崩壊 |
| 崩壊後 | 人口減少、文明・インフラ・技術が大きく失われる |
| その後 | 軍閥が割拠する戦国時代へ |
| 数十年後 | 大和・武凰・聖夷の三国が覇権を争う時代へ |
| 大和暦5年 | 平殿器誕生 |
| 大和暦8年 | 龍門光英誕生 |
| 大和暦27年 | 賀来泰明誕生 |
| 大和暦33年 | 藤3世誕生 |
| 大和暦39年 | 阿佐馬芳経誕生 |
| 大和暦40年 | 東町小紀誕生 |
| 大和暦41年 | 三角青輝誕生 |
| 大和暦56年 | 青輝と小紀の物語が始まる |
なお、崩壊から三国成立までの細かな年代については、現時点で確認できる公式資料だけではすべてが明確になっているわけではありません。
だからこそ、ここに『日本三國』最大級の考察ポイントが残されています。
最大の謎――「空白の一世紀」はなぜ描かれない?
ここからは私の考察です。
私は『日本三國』の時系列を整理していて、一つの疑問がどうしても消えませんでした。
それは、「文明崩壊から現在までの歴史が、なぜこんなにも断片的なのか?」ということです。
もちろん、物語の主役は青輝です。
だから過去を全部描く必要はありません。
それでも、
文明崩壊。
↓
軍閥時代。
↓
三国成立。
↓
大和暦。
↓
現在。
この巨大な歴史の間には、相当な時間があります。
そして、そこには一つの可能性があります。
私の仮説①「空白の一世紀」は、本当に空白なのか?
私は、「空白なのではなく、記録が残っていないだけなのでは?」と考えています。
これは似ているようで、かなり違います。
歴史上、「記録が存在しない」ことと、「何も起こらなかった」ことは同じではありません。
むしろ国家が崩壊した直後なら、
- 文書の焼失
- 図書館の消滅
- 行政記録の喪失
- 通信網の断絶
- 教育制度の崩壊
- 世代交代
などによって、大量の記録が失われても不思議ではありません。
だから私は、「空白の一世紀=歴史がない」のではなく、「歴史を記録する能力が失われた時代」だった可能性が高いと思っています。
私の仮説②――しかし「記録の消失」だけでは説明できない?
ただし、私はもう一段疑っています。
『日本三國』には、旧文明について知識を持っている人物が存在します。
そして青輝は、その知識を武器にします。
つまり、旧文明の情報は完全には消えていない。
だったら、「なぜ文明崩壊後の歴史だけが、ここまで曖昧なのか?」という疑問が残ります。
そこで私が考えているのが、「歴史が失われた」のではなく「歴史が選別された」説です。
私の仮説③――「大和暦」は歴史を書き換えるための装置だった?
ここは完全に私の考察です。
大和という国家が成立し、そこに「大和暦」という時間軸が存在する。
この時点で、「新しい国家が新しい歴史を始めた」と考えることができます。
もしそうなら、旧文明崩壊後の混乱期に何があったのかを、後世の権力者が整理し直していても不思議ではありません。
たとえば、
「なぜ日本は三国に分かれたのか?」
「誰が最初に国を作ったのか?」
「なぜ現在の政治体制になったのか?」
「なぜ大和帝という制度が存在するのか?」
こうした情報が、後世の人間にとって都合のいい形に整理されていたとしたら――。
大和暦そのものが「新しい歴史のスタート地点」を示す装置だった
という可能性も出てきます。
もちろん、これは公式設定ではありません。
しかし私は、この仮説をかなり面白いと思っています。
さらに怖い仮説――青輝が「歴史」そのものを変える可能性
もし「空白の一世紀」に、現在の三国体制につながる重大な出来事が隠されていたとしたら。
青輝が目指している「日本再統一」は、単純な天下統一では終わらないかもしれません。
なぜなら青輝は、旧文明の知識を持っている人物だからです。
つまり彼は、「今の日本がどうなっているのか」だけでなく、「今の日本になる前に何があったのか」を知ろうとする可能性があります。
そうなったとき、敵は武凰でも聖夷でもない。
「今の日本が正しい歴史だと信じていること」そのものになる。
これが私の考える『日本三國』の最大の爆弾です。
ネットで囁かれる「崩壊原因」の考察はどう見るべき?
ネットでは『日本三國』の文明崩壊について、さまざまな考察が出ています。
「本当に核戦争だけが原因なのか?」
「旧文明の技術が何か関係しているのでは?」
「文明崩壊の過程にまだ描かれていない事件があるのでは?」
などです。
こうした説は、現時点では公式設定と区別して考える必要があります。
少なくとも公式サイトが明示しているのは、核大戦・天災・悪政などによって革命が起こり、文明が崩壊したという大枠です。
だから私は、「実は○○が真犯人だった!」と断定するより、
「公式に明かされている崩壊原因の裏側に、まだ描かれていない歴史があるのではないか」
という読み方をおすすめします。
このほうが、『日本三國』という作品の余白を楽しめるからです。
私が一番気になっているのは「文明」ではなく「記憶」
ここまで時系列を追ってきて、私自身の見方が少し変わりました。
最初は、「どうして日本が三国になったのか?」が最大の疑問でした。
しかし今は違います。
私が一番気になっているのは、「人々は、文明崩壊前の日本をどこまで覚えているのか?」です。
文明は壊せます。
建物も壊せる。
道路も壊せる。
通信網も壊せる。
しかし、人間の記憶までは完全には消せません。
そして記憶は、次の世代に語り継がれます。
ただし、その過程で少しずつ変わっていく。
100年前の出来事が、
「事実」
↓
「伝承」
↓
「神話」
↓
「国家に都合のいい歴史」
へ変わっていくことは、十分にあり得ます。
だから『日本三國』の「空白の一世紀」は、文明が失われた時代ではなく、歴史が作られた時代なのではないか。
私はそんなふうに考えています。
『日本三國』を時系列で読むと、三角青輝の目的が変わって見える
ここが今回の記事で一番伝えたいところです。
青輝の目的は、「日本再統一」です。
公式サイトでも、妻との誓いを果たすために日本再統一を志す人物として紹介されています。
普通に読めば、「三つの国を一つにする」という意味です。
しかし時系列を知ったあとだと、私は少し違って見えます。
日本は一度、「一つだった日本」を失っています。
そしてその後、「新しい日本」が作られた。
さらにその新しい日本が三つに分かれた。
つまり青輝が統一しようとしているのは、単純な「昔の日本」ではありません。
文明崩壊後に生まれた新しい日本を、もう一度一つの国家として作り直そうとしている。
この意味で、青輝は「復古主義者」ではなく、国家の再設計者なのではないか。
私はそう読んでいます。
原作最新巻まで読むと「歴史」はさらに動き出している
なお、現在の原作は物語開始時点からさらに先へ進んでいます。
小学館eコミックストアでは2026年8月現在、『日本三國』は7巻まで配信されています。
5巻では、聖夷が国号を「奥和」に改められる展開や、平殿器による武力統一が迫る状況が紹介されています。
6巻では武凰攻めが開始され、7巻では青輝が山口郡・壇ノ浦へ赴き、毛利元翠と対峙する展開へ進んでいます。
つまり現在の『日本三國』は、「三国が並び立つ時代」から「三国の形そのものが変化していく時代」へ入っています。
だからこそ、過去の時系列を知っておく意味があります。
今起きている事件が、「三国時代の一エピソード」なのか、「三国時代そのものを終わらせる歴史的転換点」なのか。
それを判断するためには、最初の「文明崩壊」まで戻って考える必要があるからです。
まとめ 『日本三國』の時系列で一番重要なのは「空白」だった
『日本三國』の歴史を時系列で整理すると、
令和末期
↓
核大戦・天災・悪政など
↓
革命
↓
国家崩壊
↓
人口減少・文明崩壊
↓
軍閥割拠
↓
三国成立
↓
大和暦の時代
↓
大和暦56年
↓
三角青輝の物語開始
という大きな流れが見えてきます。
しかし、私が一番面白いと思っているのは、ここではありません。
むしろ重要なのは、「文明崩壊から三国時代成立までに何があったのか」という空白です。
私はこの期間を、「空白の一世紀」ではなく、「歴史が作り直された一世紀」と考えています。
もちろん、現時点では完全に私個人の仮説です。
公式設定として確認されているわけではありません。
ただ、『日本三國』という作品は、そもそも「失われた文明」と「新しく作られた国家」が共存している世界です。
だからこそ、「現在の日本人が知っている歴史は、本当に全部正しいのか?」という疑問は、かなり相性のいい考察だと思っています。
そしてもし今後、文明崩壊から三国成立までの歴史が本格的に描かれたとしたら――。
私はそこに、「なぜ日本は三国になったのか」
以上に、
「誰が、どんな理由で、この歴史を後世に残したのか」
という謎が隠されているのではないかと期待しています。
『日本三國』は、三国志のように「天下を誰が取るのか」を楽しむだけの作品ではありません。
「国家とは何なのか」
「歴史とは誰が作るのか」
「一度壊れた国を、もう一度一つにするとはどういうことなのか」
――そんな問いまで突きつけてくる作品です。
だから私は、青輝の「日本再統一」という言葉を聞くたびに、少しだけ怖くなります。
彼が統一しようとしている日本は、本当に、かつて存在した日本なのでしょうか。
それとも――。
青輝自身が、これから新しい「日本史」を作ろうとしているのでしょうか。
ここはぜひ、読者のみなさんの意見も聞いてみたいところです。
「空白の一世紀には何もないと思う」
「いや、絶対に何か隠されている」
「そもそも大和暦そのものが怪しい」
「青輝は歴史を再建する側ではなく、歴史を書き換える側になるのでは?」
あなたはどう考えますか?
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