「五十嵐って、やっぱりクズじゃない?」
『氷の城壁』を読んだ、あるいはアニメを見た人なら、一度はそう感じたかもしれません。
主人公・氷川小雪にとって、五十嵐翼は中学時代の「嫌な記憶」と強く結びついた人物です。
小雪のパーソナルスペースにずかずか入り込み、デリカシーのない言葉を投げかける。
高校で再会しても、過去を引きずる小雪にとっては、顔を見るだけで心がざわつく。
しかも小雪は、五十嵐との交際について「一度も好きだと思ったことがない」というところまで突きつけています。
ここまで見ると、「五十嵐が小雪を傷つけた。だから二人は別れた」と考えたくなる。
私も最初はそうでした。
でも、原作を最後まで読んでから第86話・第87話を読み返すと、どうしても引っかかる。
本当に、この二人の別れは「五十嵐がクズだったから」で説明できるのだろうか?
むしろ私は、少し違う見方をしています。
二人が別れた最大の理由は、五十嵐のデリカシーのなさだけではありません。
もっと苦い真相があります。
それは、小雪と五十嵐の交際は、最初から「好きだから付き合う」という普通の恋愛ではなかったということです。
小雪は五十嵐を、自分を守るために利用してしまった。
そして五十嵐は、そのことを知らないまま、本気で小雪を好きだった。
この「気持ちの非対称性」こそが、二人の関係を最初から壊れやすいものにしていたのではないでしょうか。
この記事では、原作第86話「視点A・B」、第87話「緩解」を中心に、二人が付き合った理由から別れ、そしてその後の関係までを振り返ります。
※以下、原作終盤までのネタバレを含みます。
- 『氷の城壁』五十嵐と小雪が別れた理由【結論】
- 小雪は五十嵐を「好きだから」選んだわけではなかった
- 小雪は五十嵐を「武器」にしてしまった?
- では、五十嵐は「クズ」なのか?
- 五十嵐の最大の問題は「悪意」ではなく「想像力の不足」
- そして小雪も、完全な「被害者」ではない
- 五十嵐と小雪の「温度差」があまりにも残酷
- 「五十嵐が小雪を傷つけた」のは事実。でも、それだけではない
- 私が一番怖いと思ったのは「小雪も五十嵐も、相手の本当の気持ちを知らなかった」こと
- 高校での再会が意味するもの――「過去の相手」と「現在の自分」
- それでも小雪は、五十嵐から逃げ続けなかった
- 五十嵐もまた「小雪に拒絶された側」だった
- 雨宮湊と比較すると、五十嵐の「未熟さ」がよく分かる
- 私の独自仮説:「小雪にとって五十嵐は“最初の恋”ではなく“最初の人間関係の失敗”だった」
- だから「五十嵐を克服した」だけでは終わらない
- 最終的に二人はどうなった?「復縁」ではなく「過去を過去にできた」
- アニメ版では五十嵐の見え方がさらに変わる
- 「五十嵐はクズか?」への私の答え
- 『氷の城壁』が描いたのは「誰が悪いか」ではない
- まとめ|五十嵐と小雪の別れは「恋愛の失敗」ではなく「人を理解できなかった二人の失敗」
『氷の城壁』五十嵐と小雪が別れた理由【結論】
先に結論から言います。
五十嵐と小雪が別れた理由は、単純に「五十嵐が小雪を傷つけたから」ではありません。
大きかったのは、
- 小雪が五十嵐を恋愛対象として好きではなかった
- 小雪と熱川真夏の関係が悪化していた
- 小雪が五十嵐との交際を、真夏への対抗手段として利用してしまった
- 五十嵐は小雪を本気で好きだったため、二人の間に最初から温度差があった
- 五十嵐自身も相手の気持ちを読み取ることが苦手だった
という複数の要因です。
ここで重要なのが、第86話「視点A・B」です。
集英社公式の単行本10巻にも、第86話「視点A・B」と第87話「緩解」が収録されています。つまり、この二人の過去は物語の後半になって初めて、改めて「別の視点」から描き直される構造になっています。
そして、この「視点A・B」というタイトルが、私はものすごく重要だと思っています。
なぜなら『氷の城壁』そのものが、「同じ出来事でも、立っている場所によって見え方が変わる」という物語だからです。
小雪は五十嵐を「好きだから」選んだわけではなかった
ここが、この記事で一番重要な部分です。
五十嵐は小雪に好意を持っていました。
きっかけは、彼女を見て「いいな」と思ったこと。
小雪が消しゴムを拾ったことをきっかけに距離が縮まり、五十嵐の側から小雪への好意が強くなっていきます。
ところが小雪側の気持ちは、まったく同じではありませんでした。
第86話で描かれる過去を追っていくと、小雪と五十嵐の交際には、熱川真夏との関係が深く絡んでいたことが分かります。
ここが本当に苦い。
小雪は五十嵐を、
「好きな人だから選んだ」のではなく、「真夏との関係を変えるために選んだ」
のです。
つまり五十嵐にとっては、「好きな女の子と付き合えた」だった。
でも小雪にとっては、「この状況を終わらせるために、この人と付き合ってみよう」だった。
同じ「交際」という出来事なのに、二人が見ていたものはまったく違います。
ここに、二人の別れの根っこがあります。
小雪は五十嵐を「武器」にしてしまった?
ここからは私自身の考察です。
原作で明確に「小雪が五十嵐を武器として利用した」と作者が説明しているわけではありません。
ただ、第86話で描かれた小雪の心理を踏まえると、私はかなり近い状態だったのではないかと思っています。
小雪は真夏との関係に疲れ果てていました。
ただ縁を切るだけでは気持ちが収まらない。
そこで、自分に好意を持っている五十嵐との交際を選ぶ。
つまり五十嵐は、「好きな人」ではなく「自分を守るためのカード」になってしまった。
これって、かなり残酷な話なんですよね。
五十嵐からすれば、自分の気持ちは本物です。
だからこそ、小雪との交際に意味を感じていたはずです。
一方、小雪はその関係の中に「恋愛」を見つけようとしていた。
「付き合っているうちに、五十嵐のことを好きになれるかもしれない」
そんな可能性もあったのではないでしょうか。
でも、結果的にはそうならなかった。
ここに私は、小雪自身が後々まで五十嵐との過去を「黒歴史」のように抱えてしまった理由があると思っています。
五十嵐が嫌だった。
もちろん、それもある。
でも、それだけではない。
「自分も相手を利用してしまった」という自己嫌悪まで含まれていたのではないか。
私は、この読み方をすると小雪の「氷の城壁」がさらに立体的に見えると思っています。
では、五十嵐は「クズ」なのか?
ここはかなり意見が分かれるところでしょう。
私は、
「五十嵐は悪くない」とは思いません。
でも、
「五十嵐はクズだった」と断定するのも違う
と思っています。
この二つは似ているようで、まったく違います。
五十嵐には明らかに問題があります。
相手の気持ちを考えずに言葉を発する。
距離感も雑。
小雪が嫌がっていることを十分に察知できない。
アニメ公式サイトで五十嵐役を担当した小林千晃さんも、五十嵐について「思春期特有のイキリや根拠のない自信、口の悪さ」がある一方、「裏表がなく感情豊か」な人物として捉えています。
さらに小林さん自身が、「相手のことを考えているようで自分のことを考えてしまっている」という精神的な未熟さを意識して演じたとコメントしています。
これ、かなり核心を突いていると思うんです。
五十嵐は「悪意のある人間」ではない。
ただ、相手を思いやっているつもりで、実は自分の気持ちを優先してしまう。
このタイプなんですよね。
そして、それが小雪とは致命的に噛み合わなかった。
五十嵐の最大の問題は「悪意」ではなく「想像力の不足」
私は五十嵐の問題を「性格が悪い」ではなく、「相手の内側を想像する力が足りなかった」と考えています。
小雪は言葉にしない。
嫌でも「嫌」と言えない。
苦しくても黙る。
そして限界まで我慢する。
一方の五十嵐は、言葉や態度を額面通りに受け取りやすい。
この二人が付き合ったら、そりゃ壊れます。
五十嵐が、「嫌なら嫌って言えばいいじゃん」というタイプだったとしたら、小雪は、「そんなこと言えるなら、最初からこんな壁を作ってない」というタイプ。
つまり、一番「待つこと」が必要だった小雪と、一番「待つこと」が苦手だった五十嵐が付き合ってしまった。
これが二人の悲劇だったのではないでしょうか。
そして小雪も、完全な「被害者」ではない
ここは少し踏み込んで書きたいところです。
小雪を責めたいわけではありません。
むしろ私は、小雪の選択は「そうするしかなかった」と思っています。
真夏との関係に追い詰められ、周囲からも孤立し、自分を守る方法を知らなかった。
だから五十嵐を利用してしまった。
それは中学生の小雪にとって、ある意味では「生き残るための行動」だったのでしょう。
でも同時に、誰かを自分の防御壁として利用すれば、その相手の気持ちまで傷つけてしまう。
このことを小雪自身も後から理解していく。
だから私は、小雪の成長を単純に、「五十嵐という嫌な男を克服した」とは見ていません。
むしろ、「自分が傷つかないために他人を遠ざけること」から、「相手と向き合うこと」へ進んだのだと思っています。
これこそが『氷の城壁』の核心ではないでしょうか。
五十嵐と小雪の「温度差」があまりにも残酷
二人を並べると、さらに分かりやすくなります。
| 五十嵐 | 小雪 |
| 本当に小雪が好き | 恋愛感情はほぼない |
| 付き合えたことが嬉しい | 状況を変えるために付き合った |
| 距離を縮めたい | 距離を縮められるのが怖い |
| 言葉にしてほしい | 言葉にすることが苦手 |
| 今の関係を見ている | 過去の人間関係を背負っている |
| 恋愛として向き合っている | 自分を守るための関係でもある |
これを見ると、二人がうまくいかなかったことは不思議ではありません。
むしろ、「よくここまで持ったな」と思ってしまうくらいです。
「五十嵐が小雪を傷つけた」のは事実。でも、それだけではない
ここは絶対に分けて考えるべきです。
五十嵐の言動によって小雪が傷ついた。
これは否定できません。
しかし、
「五十嵐が傷つけた」
と、
「五十嵐との交際が小雪のトラウマのすべての原因だった」
は同じではありません。
小雪には、真夏との関係、学校という閉鎖的なコミュニティ、周囲の視線、自分自身の人間関係への恐怖など、複数の問題が重なっていました。
だからこそ、アニメ第11話「転回」では、公式あらすじでも「真夏との確執」と「五十嵐と付き合った理由」がセットで描かれています。
ここは非常に重要です。
もし作者が、「小雪が傷ついた原因=五十嵐」だけを描きたかったのであれば、真夏との関係をここまで掘り下げる必要はありません。
でも実際には、真夏との確執 → 小雪の選択 → 五十嵐との交際 → さらなる傷という連鎖になっている。
だから五十嵐だけを切り離して「悪役」にすると、作品の構造が見えなくなってしまうんです。
私が一番怖いと思ったのは「小雪も五十嵐も、相手の本当の気持ちを知らなかった」こと
『氷の城壁』の怖さって、派手な悪人がいないところだと思っています。
五十嵐は小雪を本気で好きだった。
小雪は五十嵐を好きではなかった。
でも、その事実を二人はきちんと共有できていない。
だから、五十嵐は「付き合っている彼女」として小雪を見る。
小雪は「自分を守るために付き合っている相手」として五十嵐を見る。
同じ関係なのに、意味がまったく違う。
これって、現実でもかなり怖いですよね。
恋愛に限りません。
友達関係でも、「親友だと思っていた」「そこまで深い関係だと思っていなかった」という温度差はあります。
『氷の城壁』は、その温度差を極端な形で五十嵐と小雪に背負わせたのではないでしょうか。
高校での再会が意味するもの――「過去の相手」と「現在の自分」
高校に入ってから、五十嵐と小雪は再び顔を合わせます。
この再会が面白いのは、二人とも中学時代から変化しているのに、心の中ではまだ「あの頃の二人」を引きずっていることです。
特に小雪にとって五十嵐は、単なる元カレではありません。
「自分が人との関係を怖いと思うようになった時代」の象徴です。
だから五十嵐の姿を見るだけで、過去が現在に侵入してくる。
実際、公式アニメ第9話のあらすじでも、五十嵐を見つけた美姫と湊が、小雪と遭遇させないように動く展開が描かれています。
つまり周囲の人間から見ても、「五十嵐=小雪にとって触れてはいけない過去」だったわけです。
それでも小雪は、五十嵐から逃げ続けなかった
ここから二人の関係が変わっていきます。
第86話「視点A・B」で過去が明かされ、第87話「緩解」では、二人が再び会話をすることになります。
集英社公式でも、第86話・第87話は単行本10巻に収録されていることが確認できます。
そして第87話のタイトルが、「緩解」なのがまた意味深い。
「完全に解決」ではない。
「忘れた」でもない。
「緩解」です。
つまり、固まっていたものが少しずつ緩んでいく。
私はここに、小雪の成長が凝縮されていると思っています。
五十嵐を好きになる必要はない。
過去をなかったことにする必要もない。
ただ、「あの人がいるだけで、自分の世界が壊れる」状態から抜け出す。
それだけでも十分な前進なんですよね。
五十嵐もまた「小雪に拒絶された側」だった
ここも忘れてはいけません。
小雪にとって五十嵐は傷つけた相手。
でも五十嵐からすれば、「自分が本気で好きだった相手に、最初から好きではなかったと言われた」という傷を抱えています。
これは決して軽くありません。
しかも五十嵐は、自分が小雪を傷つけたことを十分に理解できていなかった。
だからこそ、「なんで?」という気持ちが残る。
小雪には小雪の真実がある。
五十嵐には五十嵐の真実がある。
どちらかが嘘をついているわけではありません。
ただ、二人の「真実」が噛み合っていなかった。
これが『氷の城壁』の恐ろしさです。
雨宮湊と比較すると、五十嵐の「未熟さ」がよく分かる
そして、五十嵐を理解するうえで外せないのが雨宮湊です。
湊は小雪にぐいぐい近づいていくタイプなので、一見すると五十嵐と似ています。
ところが決定的に違うところがあります。
湊は小雪の反応を見ながら、自分の距離感を修正していく。
小雪が嫌がれば止まる。
小雪が言葉にできなければ待つ。
そして自分自身も、「俺はどう思っているのか」を考える。
一方、五十嵐は、「自分が好きだから、相手も同じように感じているだろう」という方向へ行ってしまう。
だから私は、「五十嵐と湊は正反対の男」
というより、「同じように人との距離を縮めたいのに、相手を見る能力が違う男」だと考えています。
五十嵐に悪意がないからこそ、湊との違いが際立つんです。
私の独自仮説:「小雪にとって五十嵐は“最初の恋”ではなく“最初の人間関係の失敗”だった」
ここは、この記事で一番語りたい私自身の仮説です。
私は小雪にとって五十嵐は、「初恋の相手」ではなく、「他人と関係を結ぶことの失敗を最初に教えた人」だったのではないかと思っています。
だから、五十嵐との別れが恋愛のトラウマだけで終わらない。
その後の小雪は、
「人と距離を取る」
「深入りしない」
「嫌われるくらいなら最初から関わらない」
という生き方を選ぶようになる。
つまり五十嵐との経験が、
「恋愛が怖い」
だけではなく、
「人間関係そのものが怖い」
というところまで広がったのではないでしょうか。
そう考えると、雨宮湊と出会った意味も変わってきます。
湊は小雪に「恋を教えた」のではない。
それ以前に、「人と関わっても、自分は壊れない」ということを教えてくれた人物だったのではないでしょうか。
だから「五十嵐を克服した」だけでは終わらない
小雪の成長は、「五十嵐を許した」だけではありません。
もっと大きな変化です。
中学時代の小雪は、傷つかないために人との距離を切る。
高校生の小雪は、傷ついても、相手と向き合ってみる。
この違いです。
だから五十嵐との関係が緩解していくことは、小雪の「過去との決着」であると同時に、小雪自身が「人との関係を選び直せるようになった証拠」でもある。
ここまで考えると、五十嵐は単なる「元カレ」ではなく、小雪の成長を測る物差しのような存在だったのではないかと思えてきます。
最終的に二人はどうなった?「復縁」ではなく「過去を過去にできた」
『氷の城壁』の終盤まで読むと、五十嵐と小雪の関係は恋愛として復活するわけではありません。
ここは重要です。
二人が目指したのは、「もう一度付き合うこと」ではなく、「過去を過去にすること」だったのだと思います。
原作は第117話「解氷」で完結しています。
第116話「次の季節へ」を含む14巻の公式情報でも、物語が新しい季節へ進み、青春群像劇が完結することが確認できます。
タイトルの「解氷」という言葉を考えても、重要なのは「誰かと恋人になること」だけではありません。
小雪自身の中で固まっていたものが、少しずつ溶けていく。
その過程の中に、五十嵐との関係も含まれている。
だから私は、この二人の結末を「和解」とだけ呼ぶのも少し違う気がしています。
むしろ、「ようやく、お互いを過去の人物として見ることができた」のではないでしょうか。
アニメ版では五十嵐の見え方がさらに変わる
2026年に放送されたTVアニメ版では、五十嵐翼を小林千晃さんが演じています。
公式サイトでも、五十嵐について「思春期特有のイキリや根拠のない自信、口の悪さ」がありながら、「裏表がなく感情豊か」と紹介され、小林さん自身も「ただの嫌な子にはしたくなかった」とコメントしています。
このコメントを知ったうえで見ると、五十嵐のキャラクターはかなり面白くなります。
「嫌な奴なのに、なぜか友達が多い」という、一見矛盾した人物像。
でも現実にもいますよね。
口は悪い。
デリカシーもない。
なのに妙に人から好かれる。
その一方で、特定の相手の気持ちには鈍感。
私は、これこそ五十嵐のリアルさだと思っています。
「五十嵐はクズか?」への私の答え
では最後に、最初の疑問に戻ります。
五十嵐翼はクズなのか?
私の答えは、「クズな部分はある。でも、クズという一言で片づけてはいけない」です。
五十嵐には確かに問題がある。
小雪の気持ちを考えられなかった。
言葉が乱暴だった。
相手との距離感を間違えた。
そこは擁護する必要はありません。
でも同時に、小雪が彼を好きではないことを知らないまま、本気で好きだった。
そして小雪自身も、自分を守るために彼との関係を利用してしまった。
だから二人の関係は、「加害者と被害者」だけでは説明できない。
私はむしろ、「二人とも自分を守ることに精一杯で、相手を見る余裕がなかった」という関係だったのではないかと思っています。
『氷の城壁』が描いたのは「誰が悪いか」ではない
この作品を読んでいて何度も思うのが、人間関係って、こんなにも簡単に壊れるのかということです。
悪意がなくても傷つける。
好きでも傷つける。
守ろうとしても傷つける。
そして、自分が傷つかないようにした結果、別の誰かを傷つけることもある。
五十嵐と小雪の関係は、その象徴だと思います。
だから私は、二人の別れを、「五十嵐がクズだったから起きた悲劇」とは考えません。
むしろ、「相手の気持ちを知らないまま、自分の都合で人間関係を進めてしまった二人の、あまりにも中学生らしい失敗」だったのではないでしょうか。
そして、その失敗を高校生になった小雪が少しずつ見つめ直していく。
だからこそ、第87話「緩解」というタイトルが胸に残ります。
完全に消えるわけではない。
忘れるわけでもない。
ただ、痛みが少しずつ弱くなる。
それが「解氷」へ向かう小雪の成長だったのではないでしょうか。
まとめ|五十嵐と小雪の別れは「恋愛の失敗」ではなく「人を理解できなかった二人の失敗」
最後に、今回の考察を整理します。
五十嵐と小雪が別れた理由
単純に五十嵐のデリカシーのなさだけではありません。
小雪が五十嵐を恋愛感情から選んでいなかったこと、真夏との確執、周囲の人間関係、そして五十嵐自身の未熟さが複雑に絡み合っていました。
五十嵐はクズなのか
私は「クズ」という一言では片づけられないと思います。
問題のある言動は確かにあります。
ただし、悪意を持って小雪を壊そうとしていた人物ではありません。
むしろ、好きな相手を思いやりたいのに、自分の気持ちを優先してしまう未熟な少年だったのではないでしょうか。
小雪は完全な被害者だったのか
これも違うと思います。
小雪は追い詰められていました。
だから五十嵐との関係を、自分を守るために利用した。
それは責めることではありません。
ただ、小雪自身も後になってその選択と向き合う必要があった。
そこに彼女の成長があります。
私が一番重要だと思うこと
五十嵐と小雪の関係は、「好きな人と付き合えば幸せになれる」という恋愛漫画のセオリーを、真正面から裏切っています。
五十嵐は小雪が好きだった。
でも小雪は五十嵐が好きではなかった。
それでも二人は付き合った。
だから壊れた。
ものすごく単純で、ものすごく残酷です。
そして、その失敗を乗り越えた先に、小雪が本当の意味で人と向き合えるようになる。
だから私は、五十嵐を「小雪のトラウマを作った元カレ」だけで終わらせたくありません。
五十嵐は、小雪が「人との距離」を学ぶために必要だった、最初の大きな失敗だった。
そう考えると、彼の存在そのものが少し違って見えてきませんか?
そして、ここからが個人的に一番聞きたいところです。
あなたは、五十嵐と小雪の交際を「小雪が五十嵐を利用した」と感じましたか?
それとも、「あの状況では小雪には他に選択肢がなかった」と思いますか?
私は、この答えによって小雪というキャラクターの見え方がかなり変わると思っています。
『氷の城壁』が面白いのは、こういう「どちらが悪いのか簡単には決められない」余白を残してくれるところではないでしょうか。

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