TVアニメ『違国日記』を見た。感想をつらつら書いていこうと思う。少しでもこれから見る人の参考になればと。
『違国日記』基本情報
まずは『違国日記』の基本情報を簡単に紹介する。
ヤマシタトモコ氏の作品『違国日記』。2017年に『FEEL YOUNG フィール・ヤング』(祥伝社)で連載が始まり、全11巻で完結している。『違国日記』は多くの賞を受賞している。
人見知りな小説家と姉の娘との共同生活を描いた作品。
アニメ スタッフ・キャスト
2026年TOKYOMX、ABCテレビ、BS朝日、AT-Xにて放送。
高代槙生 沢城みゆき
田汲朝 森風子
笠町信吾 諏訪部順一
楢えみり 諸星すみれ
醍醐奈々 松井恵理子
塔野和成 近藤隆
高代実里 大原さやか
原作 ヤマシタトモコ「違国日記」(祥伝社 FEEL COMICS)
監督 大城美幸
構成・脚本 喜安浩平
キャラクターデザイン・総作画監督 羽山賢二
音楽監督 大森貴弘
アニメーション制作 朱夏
アニメ『違国日記』1話「溢れる」を視聴して
第1話を視聴して『違国日記』がなぜ違国日記なのか少しわかった。槙生のことを朝は「見知らぬ砂漠の土地でたった一人玉座に座る違う国の孤独な女王」と表現している。違国とはそういうことかと。
交通事故がきっかけに槙生と朝の生活が始まっている。槙生の不器用さや正直な物言いからくるやさしさがセリフの一つ一つにあり視聴していて共感できる。
「何か食べるか。何か食べるか。」2回同じことを繰り返すのは相手と自分に言い聞かせているのだろうと感じた。私もよく2回言ってしまうことがある。その時感じているのが、1回は相手に2回目は自分に言い聞かせていることが多いからだ。
「悲しい?」と尋ね、「わからない?それは変じゃない、悲しくなった時悲しめばいい」という場面は、今悲しまなくても感情が整理できてからでもいいんだと思えた場面だ。悲しいという感情は時に自分でわからなくなることがよくある。今の自分がいっぱいいっぱいで処理が追い付かないから感情が追い付かないのだろうと勝手に思っている。そう思って過ごしてきた自分にとって、この場面の槙生のセリフは、そんな状態で無理に今悲しまなくていいと言ってもらえているようで気持ちが楽になった場面だ。
槙生が朝に日記を進める場面がある。私も日記を書いているがかけないことが多い。誰に見せるわけでもないのだから自由に書けばいいのはわかっている。だけど書けないことがある。槙生のセリフはそんな自分に日記ってそうじゃないんじゃないのかと言わているようで肩の力を抜いて日記との向き合えるようになった。「あなたに言わなかったこと、日記は本当のことを書く必要はない。苦しいことを書くことはない。書きたくないことは書く必要はない。今、書きたいことをかけばいい。別に誰にも怒られないのだから。」。
葬式の日の場面。よくある場面だと思う。親戚が集まると好き勝手っにここぞとばかりに故人のことを話すことはよくある。実際私もその場にいたことがある。なぜ今その話をするんだろうと思うが我関せずが多かった。葬儀の日の槙生の言葉は嘘偽りのない言葉のように感じた。正直なことばは時に救われる。うわべだけの言葉でないのがすごくいい。その場面で槙生のセリフは場を考えろ!と言いたくもなるがすごく正直な気持ちだと感じた。
砂漠の場面がある。朝が一人砂漠に立っている場面だ。世界に一人残され「孤独」をとてもうまく表現している。そして、朝の心情もとてもよくわかる。
朝の「大人でも傷つくんだなって」というセリフ。大人をなんだと思っているんだ!大人も同じ人間だ!と思わず思ってしまった。私も「はぁ~!?」はあまり好きではない言葉だ。
アニメ『違国日記』2話 包むを視聴して
槙生がたまに発する敬語がどうすればいいのかわからなくなっているみたいでほっこりする。大人になっても一緒に過ごせる友人はほんとうに貴重だと感じる。友人の多くない私は特にこの場面でそう感じた。学生時代からの友人がいる槙生がとてもうらやましく感じられる。友人同士の何気ない会話は、15歳の朝からすると違国の言葉に聞こえる気持ちはなんとなくわかる。友人同士でもたまに、あれ?会話がついていけない、わからない、違う世界の知らない言葉を話しているなと感じることがあるからだ。
何をするのも「怖い」槙生だが、その中でも「自分の一言で人生を変えてしまうかもしれない」という言葉を聞いたとき、私も怖いと感じていることに気づいた。槙生は「怖い」と言いながらも、朝の様子をよく見ているように感じる。「傷んだ自分を少しずつひとりで消化しようとしているのかもしれない。そこを無理やりたたき起こし区切りをつけさせることをしていいのか」と。朝のことをほんとに考えているから怖く感じるのだろうと。私には、相手の気持ちに寄り添っているように見えた。
アニメ『違国日記』3話 捨てる
卒業式当日学校の担任との会話で「卒業式だけだったのに」という言葉が何度か出てくる。この言葉にこもった気持ちは「あなたのことを考えて。傷つくかもしれない。」といういかにもあなたをを思って言っていますよという先生にはわからない感情なのだろう。その結果が「みんなに知らせる必要があったか。」「望んでない。」「私をわたしじゃなくて親を死んだ子としか思わない。普通で卒業式に出たかったのに!」という朝のセリフにあふれている。親が亡くなると連絡網でよくお知らせが届くがそれが当たり前だった。当事者によかれと思いかける言葉も当たり前だった。「大丈夫?」「大変だったね」「何かあったら言ってね」など本人を思って言っていたが、この場面を見て独りよがりだったのかもしれないと思った。相手の気持ちを考えているようで考えていない。まさに担任の先生と同じだと感じた。この場面私には考えさせられる場面だった。
喧嘩は社交的な人間がするものというセリフは確かになと思った。人付き合いが苦手な人は喧嘩になりようがないよなと。友人の話に、10代の自分を知っていてくれる存在は大きいと思うし、替えがきかないものだというセリフがある。そう思える友人に出合え、長い付き合いができてることがうらやましい。醍醐の「6年間君がいなかったら息ができなかった。」という手紙、それを受けて槙生の「生きていていいんだと思った。」というセリフは心に刺さるものがあった。こんな友人に出合えた槙生がすごくうらやましく思う。
アニメ『違国日記』4話 竦む
友人4人の集まりから始まる。友人同士だからなのか槙生の素直な気持ちが出ている。
朝のなんでも思ったことを口にし聞く姿は好きじゃないなと感じた。何を言っても子供だから許されるという思いが見え隠れしてとても嫌いです。それに対して槙生が子供だから何を言っても許されるわけではないと」と姉の話をしない場面がある。こういうう大人がもう少し増えるといいなと思った。
入学式の日の友人の親のセリフは大きなお世話だと感じる。「言いにくいことがあったら代わりに言ってあげる」「こんな時に一人なんて変だと思う」感じ方は人それぞれだし、自分の考えを押し付けてほしくないと。そのあとの朝の「親じゃないし」というセリフも本当の親ではないからという思いがよくわかるセリフである。
さみしさや焦りを理解することはできないしわからない、だから歩み寄ろうとする姿は見習いたい姿だと思う。
アニメ『違国日記』5話 選ぶ
言葉の矛盾がよくわかると感じた。「なりたいものになりなさい」「決められるようにならないと」という母は、自分で決めて短く髪を切った朝に対し「男の子みたい」と否定的な言葉を投げかける。言っていることが矛盾している。そんな母に対し、終りの方で朝は「なりたい自分になるよ。ざまあみろ」という。母親に対する気持ちが込められたセリフだと感じる。「軽音部に入っていい?」というセリフに対して槙生の「あなたの好きにしなさい」という言葉。本当にうれしそうな顔が印象的。自分で選び選択し決めたことを否定されなかったからなのかと思う。
最後に
視聴した回までの感想をつらつら書いてみた。主観的感想が多くなったが初めてみようかなと考えている人が少しでも見てみようと思えればそれでいい。『違国日記』は一つ一つの言葉に重みがある。そんな言葉の一つ一つを楽しんでほしい。

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