ゴッホの作品が最近よく日本で見ることができる。もちろん日本所蔵の作品もあるが、海外所蔵の作品を見る機会はそうそうないだろう。ゴッホの年と言われるぐらい2025年は多くのゴッホの作品が日本へやってきたと思う。ゴッホを話題とした作品を紹介しようと思うが「さよならソルシエ」は一味違う。主人公が弟だからだ。そして、19世紀頃の芸術世界が描かれている。この作品で描かれる芸術正解を紹介していく。
「さよならソルシエ」あらすじ
穂積氏の作品。19世紀末のパリを舞台に描かれている。のちの天才画家ゴッホを兄に持つ天才画家テオドルス・ファン・ゴッホ兄弟の物語を描いた作品だ。19世紀頃の芸術は上流階級のものとされていた。そのため一般庶民には理解できないものとれていた時代だ。そんな時代で、画廊「グーピル商会」の支店長を務めるテオドルス・ファン・ゴッホは、権威と保守に満ちた芸術界を内側から壊そうと奮闘する。理由のお背景には、兄フィンセント・ファン・ゴッホの絵を後世に残したいからだ。兄の死後、その人生を再構築してまで兄の絵を世に残そうと奮闘する姿を描いた作品だ。
『さよならソルシエ』が描く19世紀芸術世界
19世紀末の芸術世界では大きな変革期といわれる時代。そんな時代であるにもかかわらず、パリの画壇は権威と保守に満ちあふれていた。美術アカデミーが認めた作品のみが価値ある作品とされそれ以外は芸術とはみなされなかった。そのため、多くの芸術は、品格ある題材を描くものとされ伝統的な宗教画や肖像画が描かれていた。その結果、芸術は上流階級のものとされ、一般庶民には理解できないものとされていた。それが19世紀末の芸術だ。
凝り固まった芸術概念の時代、自らの美術観を追求する芸術家たちは新しい芸術を街中の人々に届けようと奮闘する。モンマルトルの「シャノワール」は多くの芸術家や文人が集まり新しい絵画の在り方を熱心に議論しアカデミー美術に対する不満を共有する場でもあった。生活の中にある”ありのままの美しさ”を描く、制約も何もないただ感じたものをあるがまま描く、そういうわかりやすいものが百年後の人々の心も掴むことを信じて奮闘したのだ。「さよならソルシエ」は、双方の芸術の違いが分かるように描かれている。権威と保守の芸術とありのままの美しさを描く芸術。ゴッホを知らない人でも芸術をちょっと知りたいと思う人にはおすすめの作品だ。
「さよならソルシエ」を読んだ後は現実に足を向けてみてはどうでしょう
もう一つおすすめしたいのは展覧会だ。この作品を読んで展覧会へ足を向けるのもいいかもしれない。そこで展覧会の紹介文を2つ紹介する。なぜか、それは、展覧会の紹介文が面白いからだ。読むたびに思うのだが、展覧会の文章は読むだけでどんなものか想像できてしまうのですごいと思う。
オランダを代表する画家の一人、フィンセント・ファン・ゴッホ(1853–90)。現代でこそ世界的に高い人気を誇り、唯一無二ともいえる存在感を放つ画家となりましたが、その人生は苦難の連続でした。しかし彼は困難に立ち向かい続け、諦めない強さ、そして癒しと安らぎを芸術に見出しました。
大ゴッホ展 夜のカフェテラス より
この文章だけでゴッホがどんな人生を送って作品を描き続けたか想像ができる。
フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)の作品は、今日までどのように伝えられてきたのでしょうか。本展は、ファン・ゴッホ家が受け継いできたファミリー・コレクションに焦点を当てます。
フィンセントの画業を支え、その大部分の作品を保管していた弟テオ。テオの死後、その妻ヨーは膨大なコレクションを管理し、義兄の作品を世に出すことに人生を捧げます。テオとヨーの息子フィンセント・ウィレムは、コレクションを散逸させないためにフィンセント・ファン・ゴッホ財団を設立し、美術館の開館に尽力します。人びとの心を癒す絵画に憧れ、100年後の人びとにも自らの絵が見られることを期待した画家の夢も、数々の作品とともにこうして今日まで引き継がれてきました。 本展をとおして、家族の受け継いできた画家の作品と夢を、さらに後世へと伝えてゆきます。ゴッホ展家族がつないだ画家の夢より
「さよならソルシエ」はフィクションだか、ここに書かれていることは事実。類似点を探すのも面白いと思う。
さいごに
芸術を少しかじってみようかなという人に「さよならソルシエ」はおすすめな作品です。読んでみてください。

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